黒川燃水祭。

 黒川地区をはじめ、胎内川沿岸は古くから石油や天然ガス、天然アスファルトが採れるところでした。

 

古くは、天智(てんじ)天皇に「越の国より燃ゆる水(石油)、燃ゆる土(天然アスファルト)が献上された」と伝えられており、その場所が現在の黒川地区と云われております。

 

天智天皇とは、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)。つまり、大化の改新のころのおはなしまでさかのぼることになります。

 

そんな歴史と伝統があるなかで、7/2()に「黒川燃水祭」がシンクルトン記念館・黒川石油公園で催されました。


場所は、国史跡「臭水油坪跡(くそうずあぶらつぼあと)」という現在も原油や天然ガスが湧出している池。

小さな池は、黒ずんでいて、辺りには機械オイルのような鉱物油の匂いが漂っています。


 

シンクルトン記念館のすこし奥まったところに会場がありました。

 



神職の方々や保存会、地域の方々もお集まりになっていて、(おごそ)かな雰囲気のなか、神事が執り行われました。

 

――が、始まるまですこし時間があり、四阿(あずまや)のなかで、しばし休憩。

 

 

 

 

 

 

 



 

式が始まると、子どもたちも静かに、その様子を眺めていました。

 

カグマと呼ばれるシダ植物を束ねた道具で池から石油を集めて、黒川小学校の生徒さんが興した火で、油に点火する儀式が行われると、子どもたちも少し前に出てみて、何をしているのだろう…と興味がすこしわいた様子。

 



 

子どもたちは四阿(あずまや)から、最前列まで出てみました。

 

この日採取した油は、天智天皇がまつられている滋賀県の近江神宮での燃水祭に供されるそうで、近江神宮の宮司さんもおられ、大勢の神職の方々や保存会の皆さんで神事が続きました。



 

帰り際に、シンクルトン記念館で休憩をさせていただきました。

 

 

儀式のような内容は、おひさまグループの子どもたちには分かりづらかったかもしれませんが、黒川地区に伝わる歴史の一端に触れる最初の機会にはなったのではと思います。



黒川地区での石油の掘削は、昭和50年代に終わりましたが、最盛期の昭和10年代には胎内川沿岸にたくさんの掘削櫓(やぐら)が立っていたそうです。

 

現在でも、胎内川河口の海のうえで、国内で唯一の石油と天然ガスの掘削が続いています。歴史は続いているということでしょうか。 

桃崎浜から見える立坑と佐渡の夕景。山も海もある胎内市です。 



これからも、自分たちの暮らす地域のこととの関わりを、大事にしていきたいと思います。